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萩原朔太郎

詩人萩原朔太郎が河内それも八尾と関わりの深い人物であるということを知る人は少ないようです。「群馬県前橋の豊かな開業医の家庭に生まれる…」で始まる年譜類を見ても、容易に八尾という文字は出てこないのですが、名望ある医師であったという彼の父が、実は八尾の旧家に生まれているのです。

朔太郎の父密蔵は、八尾市南木の本で代々続く医家の三男として生まれました。明治14年、東京帝国大学医学部別科を卒業後、群馬県立病院の医師として前橋に赴任。土地の素封家の娘と結婚し、明治19年、朔太郎が生まれます。開業したのはその前年で、前橋随一の名士として市の医師会長まで勤めました。

八尾の本家は、密蔵の次兄玄碩が継ぎ、現在はその孫にあたる隆氏が、萩原家16代目として家業(内科医院)を継いでおられます。

隆氏の父栄次は、医師であると同時に短歌をたしなむ風雅の人で、朔太郎の良き理解者でもありました。朔太郎は、八歳年長のこの従兄を兄とも慕い、終生敬愛してやまなかったようです。ちなみに、朔太郎の第一詩集『月に吠える』の初版は栄次に捧げられています。

隆氏は、昭和54年、筑摩書房から『若き日の萩原朔太郎』を上梓されました。自己の内面を赤裸々に吐露した朔太郎の栄次宛書簡に著者ならではの解説が付された本書は、すぐれた「朔太郎論」であるとともに、ふたつの高貴なる魂の交友録だといえるでしょう。また、『河内どんこう60号』にも『我が家と萩原朔太郎』という隆氏の一文が掲載されています。

資料(書名のアイウエオ順)

資料について
書名 著者(編者) 出版者(出版社) 出版年
朔太郎の背中 萩原隆 深夜叢書社 2002
作家の自伝47 萩原朔太郎 萩原朔太郎 日本図書センター 1997
萩原朔太郎(新潮日本文学アルバム15) 新潮社 1984
若き日の萩原朔太郎 萩原隆 筑摩書房 1979
我が家と萩原朔太郎(河内どんこう60) 同上 八尾文化協会 2000

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